会所越え・その4

まずはレベルに進むことを心がける。少し上方と少し下方に進む径が現れるのが一番手強い。大きな倒木があると、それを避けるために踏み跡が新たに作られたりしているようで、それらに迷わされつつ、でも、それらが正しい道のせいだからと信じていく。獣道との区別は、もう本当にきわどくて、急に上ったり下ったりしないことくらいじゃなかろうか?
そうこうしているうちに板小屋日向の尾根が超絶近づいたので、「ちょっと尾根に行ってみよう」と岡根君に言い、尾根の真上に行ってみた。予想通り、深山の趣のある尾根筋で、この尾根上を進むこともできそうだ。しかしそうもいかないので、尾根上から斜め下に下る踏み跡を探し、中ノ沢林道を目指すことにする。標高差は70か80、林道の法面に出ない限り、もう完登(いや完降か)は濃厚だ。
斜面には間伐のためか木が散らばり歩きにくい。踏み跡をうまく利用しつつ下降していく。眼下に、木が途絶えた空間が見える。おそらくあれが林道だ。やった、成功だ。下ってきている岡根君に尋ねる。「林道出たらビール飲む?」「うん!」そして数分後、僕らは法面をバッチリ避け、中ノ沢林道に降り立った。峠から3時間。自転車を伴った会所越えは、おそらくこれが初登だろう。
少し林道を進んだところで休憩をとる。この分なら、しおじの湯まで走り込んでお風呂と生ビール!にありつけるはずだ。クルマをデポした折にチェックしたところ、しおじの湯の食堂は14時にいったん閉まり、17時から再開するらしいから、できればそれに間に合わせたかった。「閉まっちゃうくらいなら先にビールでもいいね」と岡根君は言っていたけど、これなら十分、お風呂に入ってからの生が味わえる。僕らはこの2日間で初めてギアをアウターに入れ(いやそんなことはないか、ぶどう峠の下りで入れたはず)、落石だらけの中ノ沢林道を下っていった。
ぶどう峠道に合流し、中ノ沢の集落を過ぎ、三岐の橋本旅館の前を通るころ、携帯が鳴った。もうすぐそこがしおじの湯だからと電話には出なかったけど、きっと伊藤さんに違いない。「うまくいけば12時には降りてる」と伝えてあったから……。
今回の山行を知らせてあった伊藤さん、それに上野村の神田さんは、ちゃんと気にしてくれていたようだ。入山のときに神田さんに会ったら、すぐあとで携帯に電話が掛かってきて「その尾根だったら、左下にいい径が付いてるよ! 俺たちはジョウコウって呼んでる」と教えてくれた。ジョウコウという地名が気になり、帰宅してから原全教の「奥秩父研究」を読んでみたら、「大尾根に大きい岩巣があってジョウコウという」と書いてあった。やっぱりそうだ、僕らが通った径は、原全教が言及し、上野村の猟師が今も通る、会所越えの径に他ならなかった。